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「がんばれメイちゃん」

著者 岩崎 正

2000年5月31日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

「がんばれメイちゃん」

「せんせい、はんかち、わすれて きやがった」とにこにこ顔でメイ(仮名)ちゃんは言った。自分から進んで教師に話しかけてくることは、ほとんどない子だ。決してふざけているのではないことはすぐ分かった。彼女は、外国人子女の小学校一年生である。
 びしょびしょにぬれた手を差し出したその目は「手を洗ったのだけれど、はんかちをわすれてしまったの」と言っていた。
 私は、にっこり笑った。言葉をかけようとすると、彼女は自分の席へ走って行き、給食用のナプキンで手を拭きはじめた。

 外国人子女を受け持つ際に、担任としては、日本語の会話がどの程度できるのか、が一番気にかかるところだ。学級の大切な仲間である。勉強だって休み時間だってみんなと共に歩んで欲しいと願うからだ。
 メイちゃんの場合、両親は、日本語をあまり話すことができなかった。しかし、小学校の高学年と中学校にお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。学校生活の経験が長く、日本語が達者だ。メイちゃんにとっては、日本語の先生でもあった。
 それから半月ほどたったある日。体育の授業で運動場へ出ようとしていたメイちゃんに靴箱で出会った。私の顔を見ると、やはりにこにこした目で話しかけてきた。
「あかしろぼうし、わすれてしもうた」と。
 お兄ちゃんは、担任の関西弁丸出しの元気な男性教師の影響を受けていた。

 ■幼児の真似のよう■
 国語の時間に初めて、ひらがなの勉強をしている時だった。なにやら一生懸命、ノートに鉛筆で書いている。他のみんながひらがなを書く中で、一人だけ、「の」の字とも「○(まる)」ともつかぬような字をノートいっぱいになるまで書いていた。彼女はひらがなを知らなかったのである。
 そこで、「先生と同じ字を書いてみよう」と言いながらお手本の字をまねさせようとした。手を取り、一緒に鉛筆を握って書くことも試みた。しかし、自分一人で書かせると、どのひらがなも全部「の」の字になってしまった。
 ノートに向かう姿は、ちょうど、幼児が、文字を書くまねをしたがるのと同じようだった。「とにかく、鉛筆で書いて遊んでみたいのよ」という彼女の思いを感じた私は、方向転換をした。「まずは、遊ばせてみよう。周りの子供たちの力も借りられるから」と。 

 ■子供たちに感謝■
 教室の片隅に、段ボールの空き箱を置いた。中には印刷室で不要となった印刷紙を入れた。学級の子供たちにには「この紙は、自由に使って遊んでいいです。」こう話した。子供たちは、時間を見つけては、紙に何やら書いたり、それを互いに見せ合ったりして遊び始めた。メイちゃんにもすぐに波及した。
 迷路作りが流行すると、さっそく書いて見せに来た。絵を描く子を真似して、鉛筆で紙一杯に絵を描いていることもあった。
「メイちゃん、何かいてるの?うまいね。」上手下手に関係なく声をかけてくれる子も多くいた。
 はさみを使うことがはやると、はさみとのりを使って作ることにも夢中になった。彼女は、暇さえあれば紙に向かっていた。少しずつ鉛筆やはさみ、のりの扱い方に慣れてきていた。
 私は「習うより慣れろ」を実感すると同時に、学級の子供たちにそっと感謝した。周囲の子供たちの影響は大きいものがある。
 やがて、視写(お手本や黒板の字を見てノートに写す)もできるようになった。それにつれて、少しずつひらがなを覚えていった。

 三学期、一年間を振り返った彼女は誤字脱字混じりだが、次のように書いた。
「(たのしかったこと)えんそくで やまへ のぼった。うんどうかいが たのしかた。うれしかったこと ごほび もらったこと」

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